buy a suit スーツを買う
市川準監督、最初で最後のプライベートフィルム
初監督作品『BU・SU』以来、20作に及ぶ映画を製作し続けてきた市川準監督が、自らの日常を鉛筆でメモするようにHDVカメラを回しはじめた…。このささやかな流れの中で実験的に“映画のようなもの”を創ってみたいという衝動から『buy a suit スーツを買う』という自主制作映画を完成させた。2007年12月の寒空のもと、2日間で行われた撮影。出演を普段からキャラクターが面白いと思っていたCMの仕事仲間に依頼。A4で6ページほどのシナリオと、登場人物のバックボーンを細かく記した副読本。“あとは自由に話して”と、顔なじみのキャストのキャラクターを活かしながら各シーンの台詞は生まれていった。
そんな中、「もうわたしら、確かめ合うのやめよ…確かめ合おうとするさかい みんな、わやになってしまうんやんか…」このトモ子(三枝桃子)が口にする台詞は、市川監督がシナリオに記した通り、正確に表現されている。
“この台詞を思い出すと、なんだか勇気がわいてくる” 市川監督の作品ノートには、こんな言葉が遺されていた。
素人キャストの新鮮な表情を捉え、オール“関西弁”で紡がれる会話が、東京の街の風景とシンクロし、焦燥感と空虚感の間を揺れながらも、そっと繋がって生きる人々の心模様を、切なくも温かく映し出している。
2008年9月19日、市川準監督は、本作の本編集を終え、スタジオを出て、そのまま不帰の人となった。
“毎年、ごく少人数で、小さな映画を撮っていきたい” そのスタートとして制作された『buy a suit スーツを買う』。“なにかしら新しいことをするのは気持も新しくなるものですね” と、市川監督はこの作品創りを本当に楽しんでいた。
2008年10月、『buy a suit スーツを買う』は東京国際映画祭・日本映画「ある視点」部門で作品賞を受賞。
2009年4月、東京・渋谷 ユーロスペースを皮切りに全国で順次公開され、高崎映画祭、香港国際映画祭、全洲国際映画祭、New York Japan Society、Singapore Film Society 他、国内外の映画祭などで上映が続いている。